中国の料理・人・生活や、中国のエリアのガイドなどをご紹介|中国の今と健康を伝える情報誌"チャイナビュー"

中国料理,中国の人,中国の生活,中国のエリアガイドを伝える情報誌です。

大震災の危機を乗り越えたパンダたち

2010.04.30

記憶に新しい四川大地震によって、中国国内49ヵ所のパンダ自然保護区は、さまざまなレベルの損壊を受け、83%のパンダ生息地は何らかの影響と破壊を受けたという。 地震のそのとき、そして、その後のパンダたちの様子を紹介しよう。

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世界が注目する砂漠の緑化 寧夏(ねいか)

2010.03.31

中国の北西内陸部の奥地に位置する寧夏回族自治区は、全区の86%が年間降水量300ミリ以下の干ばつ・半干ばつ地域に属する。水や土の流失、砂嵐の多発などの厳しい自然環境に加え、人の手による破壊も進み、植生や森林資源はさらに乏しく生態系は極めて脆弱だ。中華人民共和国成立後、寧夏では砂漠化の防止や湿地保護などの生態系回復に取り組み、緑化の速度が砂漠化の速度を上回るという成果をあげている。

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独特の街並みや生活、文化を育んだ 北京の四合院

2010.02.28

かつて5つの王朝の都であった北京は、中国の文明史のなかで独特の地位を築いてきた。近代的な国際都市となった今も、至る所に歴史的な文化が色濃く残されている。昔から人々が住む市街地の路地・胡同(フートン:北京市に点在する昔ながらの狭い路地のこと)や、そこに建つ伝統的な住居・四合院(しごういん)では、北京の文化の変遷や市民の生活が肌で感じられる。

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徐福の足跡をたどる

2010.01.31

紀元前220年、医学、天文学、航海術などの知識に通じた博学かつ多才な徐副は秦の始皇帝の命を受け、不老不死の仙薬を探すために「童男童女三千人」「五穀の種」「百工」を率いて東渡。仙薬は見つからず、日本に住みついたと言われる。その伝説は日本各地に今も色濃く残っている。

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杭州郊外「海寧市」の「世界一の大逆流」 銭塘江の海嘯(かいしょう)

2009.12.31

銭塘江(せんとうこう)は全長605キロメートル、流域面積5万平方キロメートルの浙江省第一の川である。毎年旧暦の8月、中秋の名月の頃、満潮時に杭州湾からの上げ潮が銭塘江の河口に押し寄せ、大逆流(銭塘嘯と呼ばれる)現象が起こる。その規模が非常に大きいため、古くから「天下の奇観」と呼ばれている。

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淡水パールの産地 諸曁(しょき)

2009.11.30

諸曁(しょき)市は浙江省中部に位置し、総面積は2318平方キロメートル。亜熱帯モンスーン気候に属する温暖湿潤の地である。古くは、春秋時代の越の都、越文化発祥の地として栄えた。また、傾国の美女西施の故郷としても知られる。唐代には五台山の高僧霊黙法師に師事した諸曁出身の良价が仏教の曹洞宗をこの地で開いた。現在は中国の名産品「淡水真珠」の産地として有名だ。

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「東方の宝石」 トキが舞う村 洋県

2009.10.31

「東方の宝石」と呼ばれるトキ(朱鷺)は、美しい真珠色の翼の下から尾羽のピンク色がのぞく。この柔らかいピンク色を朱鷺色という。両翼を広げ朱鷺色に染まった翼の内側が見える姿に誰もが目を奪われ、その気品あふれる姿は、古来、詩や絵画に描かれてきた。 およそ2500万年前から地球上に生息してきたトキは、20世紀半ばになると絶滅の危機に瀕し、国際保護鳥に指定された。 1981年、中国の洋県で野生の7羽のトキが発見。以後、中国政府は絶滅種ともいわれたトキの保護に力を注ぎ、トキと人が共生する里作りなどの環境が整えられた。

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孔子の故郷 曲阜(きょくふ)

2009.09.30

曲阜は、山東省の西南部にある歴史的な文化都市。春秋時代の思想家・教育家・儒教の祖である孔子(紀元前551~479年)の生誕地であり、また墓所のある地でもある。孔子が亡くなった翌年、魯国の王が孔廟を創建し孔子を祭った。その後、歴代の皇帝も孔子を祭り、孔廟は時代と共に拡張を重ね、巨大化していった。曲阜は今も中国の人々の聖地であり「東方のエルサレム」とも呼ばれている。

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ノスタルジックな街・マカオ

2009.08.31

マカオは、1999年に中国に返還され、現在は特別行政区として一国ニ制度が敷かれている。中国の南東部に位置し、宋代以前から貿易船の行き交う港としてにぎわっていた。 16世紀半ばから450年余にわたってポルトガルの影響下にあり、建物や石畳に中世ヨーロッパの雰囲気が漂うノスタルジックな街並みだ。現在は、旧ポルトガルと新しい中国が融合した、特異な文化を生み出している。

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諸葛孔明の子孫が暮らす「諸葛八卦村」

2009.07.31

『三国志』で知られる諸葛孔明は、かつて八卦陣という神秘的な戦術を編み出したと伝えられる。彼はその八卦陣を使い、呉の大将陸遜が率いる十万の精鋭部隊を退却させたという。今では、それがどんな戦術であったのか想像するよりほかにない。諸葛孔明が没して1800年近く。浙江省の小さな村が人々の注目を集めている。そこは村のつくりが孔明の八卦陣に関係があるという、今も彼の子孫たちが暮らす諸葛八卦村である。

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