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綿竹の年画祭り

2010.04.30

年画の歴史

 

 年画の風習がいつ始まったのか、はっきりとはわからないが、 中国古代の地理書『山海経』によると、「度朔山の一本の桃の木が三千里も枝を伸ばし、その枝の一つが東北の鬼門まで伸びていた。 この鬼門は山の洞穴に住む鬼たちの出入り口となっていたため、桃の木の下には二人の神将が門を守り、悪い鬼を見つけると、 捕らえて縛りあげ、虎の餌としていた。このため人々は安心して暮らすことができた」と記されている。

 周代以降、 毎年正月に、人々は桃の木の板にこの二人の門神の絵を描き、正門または寝室の戸の両側に吊るして魔除けとした。

 唐代には、 さらに別の神将の絵が加わり、しだいにその神将の数は増えていった。これらはみな絵師の手によって描かれたものであったが、 宋代に木版による印刷技術が発明されてからは、木版画が盛んに使われるようになった。

 

 

色彩が美しい綿竹の年画

 

 中国南西部の年画を代表する綿竹の年画は、 ほとんどが木版画を彩色したもので「綿竹木版年画」とも呼ばれており、天津の楊柳青(ようりゅうせい)年画、山東の※イ坊楊家埠 (いほうようかふ)年画(※イはさんずいに維)、蘇州の桃花塢(とうかう)年画とならぶ中国四大年画の一つとなっている。

 また、 綿竹は、酒と茶の名産地でもあり、酒、茶、年画は綿竹の三大名物といわれる。

 綿竹の年画が他所の年画と異なるのは、画家ごとに画風が異なり、 また同じ画家でもさまざまな画風を使い分けて描く点にある。綿竹では唐代以前の手描き技術が受け継がれているだけでなく、 唐代以後の印刷手法も伝承されており、鮮やかな色彩が民族や地方の特色をよく表現している。

 構図は対称を重んじ、主客をはっきり描きわける。 線は流れるように伸びやかで、強さと優しさを合わせ持ち、リズム感がある。さらに誇張や歪曲、寓意に富んだ造形により、 綿竹の年画はユーモアあふれる生き生きとした効果を放っている。

 綿竹の年画の題材は、魔除けのためのものや、風俗・習慣、 生活や仕事の様子を描いたもの、『西遊記』などの物語や民間の伝承物語、歴史的人物を描いたもの、花や鳥、虫や魚を描いたものなど、 さまざま。

 時代とともに形状も、扇、年賀状、カレンダー、 広告年画など新しい形式のものが作られるようになった。とはいえ、伝統的な年画は門神が描かれたものである。

 絵巻状の紙に描かれた綿竹の伝統的な『迎春図』は、 綿竹の賑やかな迎春の様子を描いたもので、清代の民俗がとてもよく描きこまれている。民俗研究および芸術的価値も高く、 『清代の清明上河図(せいめいじょうがず)』(清明上河図とは宋代の都・開封の町の賑わいを描いた有名な絵巻)ともいわれている。

 

 

2010年綿竹年画祭り

 

 今年の第九回年画祭りは、四川大地震後2年目となり「再建・謝恩・奮進」 がテーマ。2月2日の開幕式では、綿竹の年画『迎春図』に描かれたパレードの再現が注目を浴び、 大勢の人々がパレード隊の後をついて歩いた。この行進は災難や暗さから出て、明るく美しい春の世界に歩み出すことを表している。 祭りの期間中は、中国年画民俗パレード、中国年画精品展、震災後の文化再建ならびに年画発展フォーラム、川西名軽食の展示即売会、 竜灯・獅子灯のショー、迎春文芸演出活動、民俗活動、劇の上演、年画村の観光イベント、一連の団体文化スポーツ活動、書道・美術・ 撮影展示会、年画創作作品大会、年画記念品・ギフト工芸品大会など、多彩なイベントが行われ、大勢の観光客が訪れた。

 

 

※右上の写真 : 通りに各種の年画を並べて売る屋台

 

※下の写真 : 年画祭りの期間、綿竹の家々の門や壁には年画が貼られる