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豪放で力強い男性らしさが魅力 安塞の腰鼓

2010.03.31

辺境の要塞で役立った腰鼓

 

 史料によれば、かつて、黄河流域の諸部落の男性は、 中が空洞の木の幹の両端に羊の皮をかぶせ、それを腰に付けて、叩いてその音で獣を追い払っていたという。

 のちにそれは警告を発したり、威嚇するなど、 軍事的な用途で使われるようになった。

 安塞県は陝西省延安地区の北部に位置し、典型的な黄土高原の地形である。 古くから軍事拠点として、「上郡(秦漢時代の県名)の咽もと」「北門の鍵」などと呼ばれ、周辺民族の侵入を防ぐ要塞の一つだった。 要塞を守る兵士たちにとって、腰鼓は武器と同じ重要な装備であった。腰鼓を叩く音で敵の奇襲を知らせたり、 敵軍に対して勢力を誇示したり、戦いの勝利を祝ったり、と多用された。

 今日の安塞県は、 かつて北宋と西夏国(現在の寧夏にあった国)との国境であったため、腰鼓は辺境防衛に役立つものとして、「安塞腰鼓 (塞を安じる腰鼓)」という名前がつけられた。

 時の流れとともに、腰鼓は軍事用のものから、神に豊作を祈り、祭りを祝う、 民俗舞踏に変化していったが、腰鼓の舞には秦漢時代の兵士たちの勇壮な姿がそのまま残されており、 豪放で力強い民間芸術として受け継がれてきた。

 

 

春雷のような腰鼓の轟き

 

 現在、 腰鼓の祭りは春節(旧正月)から元宵(げんしょう)の日(旧暦1月15日)までの間を中心に行われる。

 祭りは、 まず腰鼓隊が編成され、太鼓や銅鑼(どら)、チャルメラなどを打ち鳴らし、村の寺に豚や羊などを供え、香を焚き、村の平安を祈る。 こののち広場で神に捧げる腰鼓の舞が踊られる。

 春節から8日目以降に腰鼓隊は「沿門子(えんもんし)」を行う。沿門子とは、 村の各家々を巡り、その家に応じた縁起のよい歌を歌って踊り、災いを払って新年を祝うこと。人々は「銅鑼・太鼓・ チャルメラの音がすると、お尻が浮き立つ」といい、ただ見ていることができず、自分たちも腰鼓隊を結成して踊り出す。 お互い技を競い合い、両方の銅鑼や太鼓が鳴り響くさまは春雷のように轟き渡る。

 各家々巡りが終わると、隣村の腰鼓隊との相互訪問が始まる。正月15日には、 各村の腰鼓隊が広場に集まり、お互いの技を競い合うという腰鼓の舞のクライマックスを迎える。夜には「転灯」または「転九曲」 と呼ばれる行事が行われる。これは9つの曲がり角がある迷路のような陣が作られて、360の灯りが灯され、銅鑼や太鼓が鳴り響くなか、 人々が踊りながら陣を練り歩くというもの。これを行うと災いを取り除き、99歳まで長生きが出来るといわれている。

 こうして、 春節の腰鼓の祭りが終わると、農村では春の耕作に向けての準備に入る。  

 

 

黄河流域芸術を代表する腰鼓は中華民族の精神の象徴

 

 安塞腰鼓の力強い踊りは、舞踏、武術、体操、打楽器、吹奏楽、 民謡などのさまざまな要素が含まれており、黄土高原に生きる人々の温厚篤実、楽観的でほがらかな性格を現している。 同時にこれは中華民族の精神の象徴であり、すぐれた中国文化を代表するものでもある。そのため、深く人々に愛され、 広く海外にまで知られるようになった。

 1986年、 安塞の腰鼓舞は中国民間舞踏大会で最高賞を受賞。さらに、第11回アジア競技大会の開幕式、香港祖国返還式典、 建国60周年のパレードなどでも舞いを披露したほか、日本公演も好評だった。