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チャイナドレス その伝統文化を継承する

2010.01.31

チャイナドレス専門店として

 

大連駅前にある勝利広場、その地下にある勝利百貨は地下1~3階まである最大級のファッション地下街。 そこには2000軒を超えるショップが集まっている。 富利商行はその中で唯一のチャイナドレスがオーダーできる専門店としてやってきたが、 異業種の小物店などとの競合や海外からの観光客の減少が響いて、勝利百貨から撤退した。 そして広場の西側に面した宏孚国際大夏16階に移転した。

狄海紅 (ディハイホン)社長は「移ってからお客様の来店者数は減りましたが、フルオーダーされるお客様がほとんどですので、 売上自体に変わりありません。生地を選んでいただいたり、丈や袖をどのようにするか、丁寧な対応が出来ます。 これまでは採寸も店頭でやっていた訳ですから、オーダー専門店としてはもっと早くから今のような落ち着いた場所で営業すべきでした。 お客様の好みを的確にとらえることで、トラブルや返品もなくなりお客様に喜ばれています。 工房も併設しましたから縫子も落ち着いて仕事が出来ます。また隣で営むエステティックサロンのお客様にも立ち寄っていただけます」 と語る。

チャイナドレスは襟とスリット、ボタンに特徴がある。 また着る女性の体に密着したラインを美しく表現することにある。そのボタンについては 「中には機械で作った芯の入ったものなどもありますが、私どもはすべて手づくりのボタンです。男性はシンプルなもの、 女性は花柄のボタンなどいろいろあります」と説明した。

 

 

チャイナドレスに魅せられて

 

狄海紅社長は大連の語学専門学校で日本語を学び、 1990年に地元商社に日本語通訳として勤めた。

「娘が生まれた時、母親から手づくりの赤ちゃん用のチャイナドレスをプレゼントされました。その時、 初めてチャイナドレスの美しさと肌触りの良さに魅せられました。絵を描くことやものづくりが小さい頃から好きでしたが、 何か心に響くものがあったのでしょうか。産休の間にチャイナドレスを作ってみたいという思いにかられて、 気が付いたら作りはじめていたのです。親族や友人に贈って喜ばれているのをみていた夫が仕事にしてみたらということで創業したのです。 1998年のことです」

 

 

婦唱夫随で始まり現在も……

 

準備期間も資金も不足。両親や友人の協力でスタート。 貿易商である夫の孫浜氏との共同経営で始まった。現在、社員は狄社長夫妻を含め8人に増えた。

生地はほとんど絹を使う。その仕入れは産地の杭州に二人で出向き買い付けた。 何も知らず始まったチャイナドレスづくり。2000年には孫浜氏は杭州で知り合った友人と共同出資で織物工場を始めた。

「夏場は涼しく過ごせるように綿を使うこともあります。半袖やノースリーブ、胸や背中、 肩を紗にした新しいデザインが取り入れられています。チャイナドレスは進化し続けているのです」

顧客は日本、 韓国そして夏場はロシア人も多い。これからは内需拡大で、「中国のお客様に自国の文化の良さをあらためて知っていただきたい。 家族そろってチャイナドレスとか、需要を起こすアイデアを提案していかねばなりません」と孫浜氏は語る。また 「私どもの生地は品質の良いものを使っておりますから、少々高くなりますが長くご愛用いただけます。 出来上がってお客様が着てみて喜んでいただけることが私どもにとっても一番うれしいことなのです」と語った。