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杭州郊外「海寧市」の「世界一の大逆流」 銭塘江の海嘯(かいしょう)

2009.12.31

世界一の大逆流

 

杭州湾に注ぐ銭塘江は、遡るほど川幅が急激に狭くなるため、 満潮時には水位が高くなり、波頭を立てた高波が一線となって押し寄せて来る。この逆流現象は毎日満潮時に起こるものだが、 干満の差が最も激しい旧暦8月18日の正午近くのものが最大規模である。その銭塘江の大逆流(銭塘嘯:せんとうしょう) を見ようと毎年全国から多くの人が集まってくる。

 この逆流見物は、すでに唐・宋の時代から盛んであった。 宋の詩人蘇東坡は

  八月十八潮 壮観天下無

と詠っている。

 銭塘嘯を見るには、杭州から約45キロメートル、 上海から約120キロメートルの海寧市の塩官鎮がもっとも適した場所として知られている。 塩官鎮とは官営の塩づくりの場であったことに由来し、古くから開けた村であった。

 また、 清朝の乾隆帝は南巡にあたり数度にわたってこの地を訪れており、岸壁に建つ6層の屋根を持つ塔楼は乾隆帝時代に建てられものである。

 塩官鎮から数キロメートル上流の老塩倉では、 押し寄せる横一直線の潮が直角に曲がった岸壁に突き当たり、寄せ来る潮とぶつかり合い、巨大な波しぶきを生み出す。 これを回頭潮といい、稀に見る壮絶な景観なのである。

 

西湖周遊  杭州

 

風光明媚な西湖を中心に広がる都「杭州」は、中華文明発祥地の一つ。 この地には4700年ほど前からすでに人類が生活しており、「文明のあけぼの」と称えられる良渚文化 (中国における初期新石器文化のこと)を育んだ。かつて、銭塘または余杭と呼ばれていた杭州は、 隋代に京杭大運河が開削されたことにより江南交易の重要拠点となり発展し、さらに1138年に南宋の都に制定され、政治、経済、 文化の中心地として栄えた。

 

 

杭州の歴史

 

浙江省の北東部に位置する「杭州」は、 秦の始皇帝により銭塘県が設置されて以来、2200年余の歴史を歩んできた。呉越の都として、また、 1138年には南宋の高宗が杭州に遷都し「臨安」と名付け、それから140年余、洗練された都として栄えた。現在の杭州は、 浙江省の省都。景勝地として、また、文化都市として中国六大都市の一つに挙げられている。

三方を山に囲まれ、一方を川(銭塘江)に臨む杭州は、 南宋時代には都に続く街道が造られ、商人が集まり、市内には約10万戸がひしめきあっていたという。また、 杭州湾に注ぐ銭塘江には江南交易の船がひっきりなしに行き来して、貨物船の帆柱が林立していたといわれる。

風光明媚な西湖は、春秋時代の絶世の美女「西施」に例えられるほど美しく、 杭州のシンボルとなっている。マルコ・ポーロは『東方見聞録』の中で「世界でもっとも美しく華やかな町」と杭州を称えた。

 

 

杭州のシンボル「西湖」

 

杭州西湖周辺の美を語るものに、一つの湖、二つの峰、三つの泉、四つの寺、 五つの山、六つの庭、七つの洞窟、八つの墓、九つの渓流、十の景観という言葉がある。

面積5. 6平方キロメートルの西湖は、蘇堤と白堤の二つの堤防によって、裏湖、外湖、岳湖、西里湖、小南湖の5つの内湖に分けられ、 どの内湖もそれぞれの景観を持っている。また湖畔を巡る並木道は時代を経た樹木の鬱蒼とした茂みに囲まれ、 ともすれば湖畔であることを忘れさせる。

西湖の美しさは澄み切った水にあるだけでなく、湖面に映す山にもある。 南側に連なる「南山」と呼ばれる嶺々。総じて「北山」と呼ばれている北側の山々。どれも400メートルを超えることはないが、 めずらしい形の岩や険しい峰、鬱蒼と生い茂る林、水が湧きでる泉など、自然美の全てが揃っている。

西湖の四季は、 木々の芽が膨らむ春、蓮の花が咲く夏、明月がかかる秋、白雪の冬、それぞれに趣がある。また、 晴れた日には湖面の小波は魚の鱗のようにキラキラと光り、雨が降ると霞んだ湖面は空の色と一体になる。曇りの日にも、雪の日にも、 夕焼けが反射する夕暮れにも、靄の早朝にも、それぞれの表情を見せる西湖の魅力は筆舌に尽くしがたい。

西湖は銭塘江の入り江にある小さな湾だったが、 後に銭塘江の土砂が入り江を塞いで湖ができたという説が有力である。つまり、今から2000万年前、西湖がまだ浅い湾であったとき、 数ヵ所の山の峰のほかはすべて海に浸されていた。海水の浸蝕により、湾岸の周りの岩石がしだいに土砂となって堆積し、さらに、 銭塘江が運んできた土砂が入江で次々に堆積して、海水の入口を塞ぎ、湖となったということだが、実証はまだされていない。

 

 

城下町 「清河坊」の賑わい

 

杭州の歴史上有名な街である清河坊(せいかぼう)は、 完全に近い状態で保存された城下町で、いうなれば古い杭州の縮図でもある。

南宋の都・ 臨安には皇城を中心に市街地が形成され、皇城の周囲には皇族や高官たちの私邸が建てられた。清河坊の名は、当時の高官だった張俊 (ちょうしゅん)に由来する。

1129年 (建炎三年)、張俊は明州(現在の寧波)で金の軍隊を撃退し、高橋の戦いで勝利を得て、清河郡王を賜り、清河郡王府を建てたため、 この一帯が清河坊と呼ばれるようになった。

南宋時代、 清河坊には商店が並び、居酒屋と茶館が軒を連ね、杭州の貿易の中心地であった。元・明・ 清および中華民国を経た現在に至ってもこの一帯は杭州一の繁華街である。百年の歴史を持つ老舗万隆ハム屋、胡慶余堂、義源金店、 羊湯飯店などがここに集まっている。

通りの両側には明・清時代の建物が並ぶ。 反り返った特徴ある軒先や透かし彫りの窓枠など、昔ながらの店の佇まいで、昔の衣装を身に纏った店員に応対されると、明・ 清代にタイムスリップしたような錯覚を覚える。この古い街の茶館で、特産の龍井茶(ロンジン茶)を始め、蓮根粉の粥、緑豆の粥、 麦芽糖、モクセイの花の砂糖漬けなど、昔懐かしい情緒を味わうというのが現代の若者に人気だ。

上海料理のルーツの一つである杭州料理に触れなければ食に関して片手落ちであろう。

西湖湖畔の楼外楼で、西湖で捕れる草魚の甘酢あんかけ「西湖醋魚 (シーフーツーユイ)」や宋の詩人蘇東坡が発案したと言う豚の角煮「東坡肉(トンポウロウ)」を食することをお勧めする。

 

 

杭州の特産品

 

シルクの名産地として古くから「シルクのふるさと」と称えられてきた杭州。 現在、絹を始め緞子、錦など14種類、2000以上の模様の絹織物を生産しており、 製品は100以上の国内外の地に出荷されている。

 また、 西湖周辺は龍井茶(ロンジン茶)の産地として、2000年余の歴史を持つ。龍井茶は杭州西湖郷龍井村で栽培されている。

龍井村は山に囲まれた温暖な気候で、降雨量が多く、湿度が高く、 酸性の土壌である。この自然条件と人々の丹精で「緑で、香りが高く、味わい深く、美しい形」という四つの特色を持ち、「四絶」 と呼ばれる龍井茶が生まれる。

伝統的な西湖龍井茶には「獅峰」「龍井」「雲栖」「虎」の四種類があり、 かつては獅峰が最も優れているとされ、皇帝への献上品とされていた。

現在では 「獅峰」「龍井」「梅家塢」の三種類が生産されている。温暖な気候の龍井村では、春、夏、秋と年3回龍井茶が収穫されるが、 なかでも芽一つ若葉二つの清明節前に摘んだ春茶が最高級品とされる。