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諸葛孔明の子孫が暮らす「諸葛八卦村」

2009.07.31

八卦図の中で暮らす孔明の子孫

 

  中国東部に位置する浙江省蘭渓市。上海から車で南西に約4時間の所に、 山に囲まれた閑静で古めかしい村がある。700年以上の歴史と古い建築群を持つこの村こそ、 国内外にその名が知られた諸葛八卦村である。 

 小川が流れ、 しっくい壁と黒瓦の家が建ち並ぶ風景は、 他の江南の村と変わらないが、村の奥に入るとそのユニークな造りに驚かされる。村の中心は、 半分が池、 半分が陸地の勾玉を2つ合わせたような円形の広場になっている。池と陸地には、それぞれ井戸があり、 それを目とした魚がちょうど円の中に二匹いるような太極図となっている。

 池は鐘池と呼ばれ、 そこから8本の道路が村を取り囲む8カ所の丘に向かって放射状に延びている。池の周りに建てられた数10軒の古い建物は、八卦の坎、 艮、 震、巽、離、坤、兌、乾の形に配置されている。村の中に立つと、まるで諸葛孔明が作った八卦陣に入ったかのようだ。

 

 高所から見下ろすと、8つの丘は、 それぞれ八卦の位置にあって村を囲んでいるのがわかる。村は内も外も整った八卦図の形をしており、 神秘的な雰囲気の中に厳粛さと調和をたたえている。

 諸葛八卦村の村民はほとんどが「諸葛」という姓で、諸葛孔明の子孫とされる。 現在は55代目で、全国に約1万6千人いるといわれる子孫のうち、 諸葛八卦村だけでその4分の1に当たる約4千人が住んでいる。

 

 

孔明をしのぶ丞相祠と大公堂

 

 諸葛八卦村の歴史をたどると、孔明から14代目の諸葛利が、浙江省寿昌県の県長を務めて浙江省諸葛家の初代となり、 息子の諸葛青の代、1018年に蘭渓に移ったとされる。

 

 宋末から元初にかけて、27代目の諸葛大獅が、 祖先の諸葛孔明を記念するために九宮八卦陣の形を模して諸葛八卦村を建てた。当初、村の名は「高隆」と呼ばれており、これは、 諸葛孔明が「高き隆中※に臥」していたことから名付けられたという。その後、子孫たちは、白壁と黒瓦の邸宅を建て、 豪華かつ壮麗な建築群を造りあげた。中でも、諸葛八卦村に残る最も雄大な建物は丞相祠と大公堂である。

 

 明代から400年の歴史を持つ丞相祠は、 最高の格式をもつ諸葛家本家の祠である。孔明を供養する正殿があり、中堂がそびえる。中堂は幅5間で、 反り返った屋根の高さだけでも10メートルあり、けたや柱に精緻な彫刻が施されている。正殿には、若々しい諸葛孔明像が安置され、 生誕日の旧暦4月14日と命日の8月28日に、村民はここで盛大な祝典を行い、祖先の偉大な業績をしのぶ。

 

 大公堂は600年前に建てられた武侯記念堂(武侯は諸葛孔明のおくり名) である。鐘池に面し、大門は牌楼(鳥居のような装飾のある中国独特の建築)で、黒漆でぬられた四角い柱を持ち、 斗拱が幾重にも重なっている。正門の両側の白壁には大きく「武」、「忠」と書かれ、「武」は蜀の皇帝が贈ったおくり名を、「忠」 は人々が孔明を称えた評を表している。大公堂内には、「三顧の礼」「草船借箭」「空城の計」など、 孔明の逸話を描いた彩色画が飾られている。

 

 一番奥の建物正面の壁には、諸葛孔明が子孫を戒めた名句が書かれている。 中でも「澹泊(たんぱく)にあらざればもって志明らかならず、寧静(ねいせい)にあらざればもって遠きを致すなし (無欲でなければ志を明らかにすることはできず、冷静でなければ遠くに思いを馳せることはできない)」 は中国人なら誰でもそらんじている名句だ。

 

 孔明の子孫たちは「良き宰相とならずんば、良き医者たれ」 「天下を以って己の任とする」という家訓を厳格に守っている。

 男は耕作し、 女は布を織って自給自足する生活を理想とし、 漢方薬となる草花を植えたり、山奥の珍しい生薬を採集したりして生計を立ててきた。

 

※「隆中」は孔明が劉備の軍師になる前に隠居していた山奥の地名

 

 

客人を温かく迎える村の人々

 

 諸葛八卦村の家は、丘に向かって段々に高くなるように建てられており、 「一歩一歩向上する」ことを意味している。

 村の家は 「三間両搭廂」「対合」「前庁後堂楼」「三進両明堂」「対合+楼上庁」 という5種類に大別することができる。「三間両搭廂」とは、 3つの南向きの部屋と2つの脇部屋があり、脇部屋の間に吹き抜け天井がある。「対合」とは、正方形の中庭を4つの部屋が囲み、 南向きの部屋が上房、そのほかの3間は下房と呼ばれる。「前庁後堂楼」は、前に客をもてなす応接間、後ろに住まいがある。 「三進両明堂」は、縦に3つの中庭が並び、庭を囲んで2階建ての建物がある。「対合+楼上庁」は、「対合」 に2階がついたもので、 高くて風通しがよく、けたや梁に精緻な彫刻が施されている。 屋根の垂木にまで彫刻があしらわれた高級な建物で、 江南の民家の中でも諸葛八卦村独特のものである。

 

 村では、 観光業の発展に伴い、古い民家が観光客に開放されるようになった。

 今年73歳になる48代目の子孫・諸葛高嵩さんは、 諸葛孔明の子孫であることを幸運なことだと話す。彼は今、500年の歴史がある家に座って、観光客のために諸葛孔明の家訓 『戒子書』中の名句「寧静して遠くに致し、淡泊して志を明かす」を扇子に書いている。しかし、 観光業は彼らの生業というわけではない。諸葛家は、現在の地に移ってからは、家訓にしたがい、薬局を営み始めた。 それは現在も続いており、蘭渓市内外に支店を持つようになっている。