「寺院で生まれた子どもたちは、 皆、小さな羅漢さまです」
(羅漢寺住職・ 素全法師)
2008年5月の大震災後、什市近郊の羅漢寺で生まれた子どもたちが、 1年後、再び寺に集まった。震災ベビーと呼ばれる彼らの恩人、羅漢寺住職の素全法師にお礼の挨拶をするためである。
元気に育った赤ちゃん一人ひとりに幸福を祈る儀式を行う素全法師は、 喜びを抑えきれず「菩薩の加護のおかげです」とつぶやいた。
2008年5月12日の地震発生時、
現地の産院には、出産を控えた妊婦が約20人入院していた。彼女たちは難を逃れて羅漢寺の仮設テントに落ち着いた。
翌朝5時、 羅漢寺のテーブルを使った即席の分娩ベッドで初めての子どもが誕生。「産声はとても大きく、生命力に満ちたものでした。 世間が突然の死という離別に苦しめられていたこのとき、同時に我々は、新しい生の希望を感じることができたのです」 法師は今でもそのときの感動が忘れられないという。法師はこの女の子に、地震後初めての生命の誕生を記念するという意味で「唐震聞」 と名付けた。
想像を絶する混乱のなか、妊婦はまだ何人もいる。法師は、 僧たちが普段使用している座禅台を分娩用のベッドに仕立てた。数ヵ月後、設備の整った大学病院のベッドに妊婦たちが移送されるまで、 この座禅台のベッドで何人もの赤ちゃんが生まれた。点滴の支え棒には寺の箒の柄が使われた。出産の際の出血に動揺する僧たちに法師は 「人の命を救うことは七重の塔を造ることにも勝る。死を見てそれを救わないのは最大の罪で、 これに比べれば血を忌むことなどは問題ではない」と叱咤激励した。
無条件で被災者を受け入れる
羅漢寺に避難してきた人は地震当日の晩にすでに約600人にも上り、 その数は日を重ねるごとに増えていった。簡易テントの防水布も足りず、仏像を覆っていた布を被災者に与えた。素全法師は 「無条件で被災者を受け入れる。無条件で物資と生活の便を提供する」と宣言。しかし、寺に蓄えられていた1ヵ月分の食糧は、 わずか3日間でなくなった。先が見えない状況の中、最後の食糧は、まず妊婦に、次に現地の病院に配るよう、法師は指示した。
2008年8月1日、羅漢寺の臨時産院が撤去された。 このときまでに107人の新しい生命がこの寺院で誕生していた。上海から救援に来ていた道成和尚は、 「もし108人だったら羅漢寺にふさわしい数だったのに」と残念そうに言った。ちょうどそのとき、 間もなく生まれそうだという妊婦が送られてきて、撤去は中断。すぐ帝王切開の準備がなされ、108人目の震災ベビーが生まれた。
その後の108人の子どもたち
北京市の援助により什市に建てられた北京小学校で、2009年5月13日、 四川大地震後に羅漢寺で生まれた108人の子どもたちの「抓周会」※が行われた。 そのなかで北京オリンピックの際にも活動した北京外企服務集団(FESCO)の外国企業のボランティアたちが、この子どもたちと「縁むすび」 を行い、1対1の長期的援助を約束した。
※「抓周会」(ジュワチョウフイ)・・・満1歳の子どもの誕生日に、子どもが手に取ったものによってその子の将来を占う行事。 (右の写真は「抓周会」の模様)



