桂林の歴史
広西チワン族自治区の北東部にある桂林市は、桂花(モクセイ) の木が林となっているために桂林と名付けられた。毎年爽やかな秋風が吹き始める旧暦の8月には、モクセイの花の香りが漂う。
今からおよそ1万年前、中石器時代にすでに甑皮岩人(そうひがんじん: 先史人類)がここに住んでいたといわれる。夏・商・周代にいたって、桂林は「百越人」の居住地となった。秦の始皇帝 (在位BC221~BC210年)が中国を統一し、ここに桂林郡を設け、世界最古の運河・霊渠 (れいきょ)を開削して湘江(しょうこう)と漓江(りこう)をつなげた。これが、桂林の都市としての起源である。
桂林はその時から、南は海に通じ、北は中原に向かう水路の要衝となった。 宋代以降、桂林は広西の政治、経済、文化の中心地として「西南会府」と呼ばれた。
他に類を見ない景観を呈する桂林は、地質調査によれば、 約3億年前は広々とした海だったという。地殻の変動によって、海底に堆積された石灰岩が隆起し陸地となり、後に、 何年もの風化や浸食を経て、神秘的な鍾乳洞や迷宮のような地下水路が形成された。カルスト地形と、美しい漓江、 そして周辺ののどかな田園風景が、天下一の景観といわれる桂林の山水を織り成している。
山水画の世界そのものの観光地
早朝、水辺を歩くと、水墨画のような緑の山々、緩やかに漓江に流れる渓流、 川面に映った山の影、水に浮かぶいかだや川鵜など、まるで夢の中にいるかのような幽玄の世界が目の前に広がる。
市民たちは、朝早くから太極拳をしたり、山に登って歌を歌ったり、 なかには漓江で泳いでいる者もいる。道路を走るタクシーやバスでさえ、都会のせわしさを感じさせず、悠然と動いているように見え、 人の営み全体が、山水に溶け込んで、緑の山と清い水がまるで箱庭のように親しみを感じさせる。
地元の人々はほとんど自分で朝食を作らず、早朝運動が終わると、
街のいたるところにあるビーフン屋で、熱々のビーフンを食べるのが日課だ。これは、桂林市民の古くからの習慣。桂林を訪れたら、ぜひ、
この朝食を摂ってみよう。
環境保護に取り組む桂林市
亜熱帯に位置する桂林は、年間平均気温が19度ほどで、冬といっても山は青々としており、 川には魚やえびが泳いでいる。しかし、数年前、漓江は従来の美しさを失った。気候変化が原因ではない。工業化・ 都市化による未処理の汚水が直接漓江に排出され、市街を流れる漓江は黒と白とが交じり合った汚い川となってしまった。 工業化と観光業の急激な発展でもたらされた環境破壊に対して、市政府は「上流にある汚染源となるすべての企業は、 廃業もしくは移転」という厳しい規約を発令した。
「庭園都市を目指して、山水を保護し、 生態系にやさしい都市に発展させる」という政策を掲げ、環境整備に約100億元の資金が投入され、 うち3億6800万元は漓江の水質改善に使われた。水質の良し悪しは、環境評価の重要なバロメーターということから、 桂林の環境保護は「水質の改善」に最重点を置いた。
桂林市は、まず、桂林発電所、製薬工場などの企業を移転し、 汚染の著しい企業70社を廃業させた。現在では汚染防止目標をクリアした1010社が残り、 当局のデータによると、工業排水基準の達成率は96.2%に、生活汚水の処理率も75.5%に達した。 農村では無公害農作物の作付面積は総耕地面積のほぼ95%以上となり、34万カ所のメタンガス池も作られたという。
このような市の取り組みと住民の努力により、桂林の山はより緑豊かに、 川はより清く、清潔になった。
また、榕湖(ロンフー)、杉湖(サンフー)、桂湖(グイフー)、木竜湖 (ムーロンフー)の4つの湖は、昔は、漓江・桃花江(タオファージャン)に通じていたが、後に、 水路が埋められたり堰き止められたりして次第に淀んだ湖になってしまった。1998年、市政府は「両江四湖」(リャンジャンスーフー) を環境整備の重点対象として、3年間で4つの湖と漓江・桃花江を通じさせ、かつての環状水系を回復させた。 淀んだ湖はいまや清流が流れる観光の人気コースとなっている。
現在では、漓江の水源地に数万ヘクタールの広い森林地帯が整備され、 鬱蒼と茂る木々が土砂の流失を防ぎ、水を浄化し、水源地を保護している。また、市街地には公園や緑地を設け、草花を植え、 都市の緑化を進めた。と同時に、市内中心部の老朽家屋を取り壊し、人口密度を下げ、生態系にやさしい都市建設に力を入れた。 こうした努力が実り、漓江は昔の美しさを取り戻し、「両江四湖」の環状水系整備工事は「中国居住環境模範賞」に輝いた。
新しい街づくりを目指す桂林
さらに、2004~07年にかけて、桂林市は2億7200万元を投じて、 古くて狭い街路を広げ、老朽化した市街地の改修工事を進めた。水道局、汚水処理場、都市給水ネットワーク、環境衛生施設、通信、電力、 ガスパイプなどのインフラも次々と整備された。
中心広場、国際会議展覧センター、体育館、スタジアム、 救急センターなどの施設の建設を進め、これらはすでに稼動を始めている。現在の桂林市は、 山と川のある公園のような都市であると同時に、地方文化を残し、かつ現代的な国際観光都市に生まれ変わった。

上記写真は市民のボランティアによる清掃活動の模様



