代々伝わる神秘的な祭事
ミャオ族の新年の1日目は1年の最後の日、大晦日から始まる。
祝う期間は、3、5、9、13日間と各村によってまちまちだが、 どの家でも餅をつき、米酒と豆腐を作り、豚を屠殺し、新しい衣服を用意するのがしきたりだ。
2日目は太陽が昇る前から動き出す。一家の主人は鶏や鴨を絞めて、 新年のごちそうを作り始め、女性たちは水を汲みに行く。鶏が時を告げるころ、代々伝わる神秘的な祭事が始まる。
まず、一家の主人が豚の頭、鶏、魚、酒、餅などを祖先に捧げる。 なかでも魚は必ず2匹供えて、先祖の故郷である東方の海辺を忘れていないことを示す。紙幣を祖廟や門、炉、家畜小屋、農具類、守護樹 (村でもっとも樹齢の長い木)などに貼り付ける。さらに、老人と子どもが紙幣ともち米のご飯を持ち、暗いうちから庭の果樹を祭る。 子どもが木に登り、幹に紙幣を貼り、もち米のご飯を供える。老人は地上で太鼓をたたきながら、果樹に向かって、「今年はよく実るかぁ」 と問いかけると、子どもが木の上で大きな声で「実る!」と答える。続けて「実は大きいかぁ?」「大きい!」「甘いかぁ?」「甘い!」 「実は落ちるかぁ?」「落ちない!」などのやりとりを行い、儀式は終わる。帰路、子どもは丸石を拾って、 予め用意しておいた草の縄で石を縛り、犠牲(いけにえ)の獣の代わりとして引きずって家に帰り、母屋の東側にうやうやしく置く。 これらすべてが終えるころ、空は次第に明るくなり、男たちは食事の準備をする。
ちなみに新年祭の期間は台所仕事はすべて男が行う。
新年の食事を祝う「長街宴」
主人はできたてのご飯と供物と酒を祖先に捧げるため、 土間のござの上に並べる。使う食器はすべて土や陶器、ひょうたんや貝殻の類である。線香をあげ、香紙を燃やし、 祖先を敬う言葉を唱えながら、酒やご飯、鳥・鴨・豚・魚などのぶつ切りにしたものを地面にばらまく。これをすることで、 一年間家族が食べる物に不自由しないとされている。このしきたりが終わるころには空はすっかり明るくなっており、爆竹を鳴らし、 新年の食事が始まる。
ミャオ族の村では、真っ先に爆竹を鳴らした家、ご飯を真っ先に食べた家が、 この年の富を手に入れることができるとされている。そのため、皆競って早起きして、お供えを済ませる。
食後は着飾って親族や隣村に新年の挨拶に行く。まず、 兄弟親戚同士が新年の挨拶をして絆を強め、来る年の五穀豊穣とともに村の団結や協調を祈る。これは、「串寨酒」(チョワンザイジウ) というが、現在は村の中心の通りにテーブルを並べて皆で祝う「長街宴」に変化している。
「長街宴」のほかに、この期間には闘牛、闘鶏、 太鼓踊りなど伝統的な娯楽イベントやスポーツ競技が行われる。闘牛は「牛喧嘩」とも呼ばれる。 太鼓踊りは民族衣装の盛装をした人々が竹笛や盧笙とともに銅鼓を打ち、それを囲んで踊る。 これらのイベントはいくつかの村で共同開催される場合が多い。未婚男子は近隣の村に行き、娘たちに愛歌を歌うなど、 伴侶を見つける絶好の機会ともなる。
新年祭の最後から2日目の晩には、村の外からきた青年たちは、 明け方の一番鶏が鳴く前に村を離れなくてはならない。
一番鶏が鳴いたのち、一家の主人は、油、塩、ねぎ、フウ(マンサク科の植物) の枝、牛糞などの祭祀品を持ち、田や畑を祭る。その間、知らぬ人や婦女子に会わぬようにという決まりがある。祈祷ののち、 家に戻って食事の用意をし、家族みんなで食べる。
これがミャオ族の新年の最後の1日である。夕方からは村人たちが再び集い、 にぎやかに過ごして夜が更けるころにお開きになる。
こうして新年祭が終わると、牛を牽き、畑を耕し、 新しい1年の耕作がまた始まる。




