山あいの美しい水辺の古城
湖南省西部と貴州省に接する地域は湘西と呼ばれる。 鳳凰の街はその湘西の古くから知られた中心地である。鳳凰古城は、山あいを流れる沱江(だこう)沿いに建てられている。 城塞や街路が川や自然の起伏に沿って造られているため、他の城塞都市と異なり、周囲の自然に溶け込んでいる。緩やかな清流と、 その川面に迫り出して建てられた吊脚楼、狭い路地の石畳などには風情すら覚える。 いま中国の国内旅行で人気の高い観光地であることがうなずける。
鳳凰古城の南西にある山が翼を広げて飛ぶ鳥の姿に似ているところから、また、 金色に輝く鳳凰がその山から飛び立ったという言い伝えから、鳳凰と呼ばれるようになった。
鳳凰は古来から尊ばれた想像上の鳥。日本でも宇治の平等院鳳凰堂の甍の上に、 また、一万円札の裏面に描かれている。鳳凰の街の中央公園にも大きな鳳凰像が飾られ、街のシンボル的な存在となっている。
街中を流れる沱江は山あいを北上して江となって洞庭湖に注ぎ、長江に至る。

唐代には漢族が沱江を逆に攻め上り、苗族を破り、 鎮としてこの地を治めている。宋代になってもまだ土城であったが、明代になると煉瓦の城に、清代には石城となり、 今に遺る鳳凰古城となった。
湘西の地は三日として晴天が続くことが無いといわれる。 鳳凰を含む地域は雨や霧が多い。棚田で知られる広西チワン族自治区北部の龍勝のように、鳳凰周辺も山腹まで棚田が造られている。 開墾できる平地が少ないことにもよるが、上の田から下の田へと順々に水を落とせる豊かな水源に恵まれているからでもある。 その山あいに住む少数民族の表情の明るさは、食の多彩な豊かさにあるのであろうか。
沱江の両岸を結ぶ橋
沱江の両岸にある鳳凰古城は幾つかの橋で結ばれている。 程陽の風雨橋のように屋根を持った「虹橋」がその代表。川幅が80m前後のため二階建ての廊下橋は川中に建つ関門か邸宅のようである。 明代に創建され、内部の一階は歩行者の専用道を挟んで両側に商店が並ぶ。二階は博物館。 夜にはライトアップされて詩情に溢れた景観を見せている。その500m上流にあるのが「跳岩」だ。 両岸から行き来できるように段差のある2列の四角い石柱が歩幅ほどの間隔で並んでいる。往来だけでなく洗濯をする場所でもあり、 「跳岩」は生活の必要から生まれた橋なのである。右岸北門城楼の城壁の近くに遊覧船の発着所がある。 ここから緩やかな流れに乗って虹橋を潜り、吊脚楼の代表的な建物である奪翠楼を間近に、万名塔のある瀬に着く。 この遊覧コースは鳳凰古城を川面から眺める最高のビューポイントだ。
「跳岩」の上流500mの近代的な鳳凰大橋から虹橋を越えた両岸周辺が、 鳳凰古城の最もにぎやかな旧市街である。 城壁と川辺との間のわずかな隙間に建て込んだ吊脚楼は少しでも広さを求めたいということから生まれた建築様式で川辺に限らず、 傾斜地や崖地でも多く見られる。
城壁の中の細い路地には、民族衣装を着た苗族の行商や土産物屋が並び、 名物の生姜飴、龍髭糖、薫製肉を売る店や、草鞋屋、竹籠屋、地酒屋などが軒を連ねる。そんな路地の中に「沈従文」 の四合院造りの旧家があった。「沈従文」は、鳳凰の郊外に住む沱江の渡守と孫娘の淡々とした日常を描いた作品『辺城』 で一躍著名になった鳳凰出身の作家で、父方は苗族、母方は土家族であった。この優しくももの悲しい作品がテレビドラマになって、 鳳凰を訪れる観光客が飛躍的に増えた。訪れる人々は鳳凰の中で見つける日常的な風景、川の流れで洗濯をする姿、 路地の濡れた石畳や連なる青瓦、家の前に置かれた低い椅子、霧にかすむ川面などなど、 ほんの少し前の自らの生活と重ね合わせて心和むのであろう。鳳凰古城が愛されるいわれであろうか。




