素朴な生活が残るトン族の村
トン族には独特の風習が残っており、来訪した客が村に入るには、彼らと共に歌を歌い、米酒を飲み干さねばならない。このユニークな習慣は、 花嫁を迎るときにはさらに盛大に行われる。
トン族の村に入ると、のどかな山を背に、川沿いに建てられた木造高床式の家屋が建ち並ぶ。彼らの暮らしの糧は農業や林業が主だという。 村の一軒の家を訪ねると、木造の3階建てで、1階では家畜を飼育し、2階に居間と寝室があり、3階は穀物倉庫と物置があった。 伝統的な外観を持つこの家の室内はきれいに内装が施され、ベッドやソファー、大画面のカラーテレビなどがあり、 過去と現代が暮らしの中に溶け合っている。
村で最も大がかりな行事に「長卓宴」がある。言い伝えによれば、昔、トン族の英雄ウーミェンが村にやってきたとき、 娘たちがみな自分の家に招こうとしたため彼は困ってしまった。一人の賢い娘が、各家が長いテーブルを持ち出して村に並べ、 それに各家庭の自慢料理を載せてウーミェンと共に食べようと提案した。これが、長卓宴の始まりとされる。それ以後、 トン族の村ではお祝い事や貴賓が村を訪れたときには、長卓宴でもてなすようになったという。
長卓宴で使う長テーブルは数十メートルある。長いテーブルの両側に座った数百人の村人は、村の長老の号令に従って立ち上がり、 手をとりあって歌を歌いながら長いテーブルの周りを回る。自分の座席に戻ってくるたびに、みなが互いに酒を勧め合い、祝福の言葉を交わす。 若者や娘たちが三々五々賓客の前にやって来て酒の歌を歌い、酒を勧める。宴会中、歌が途切れることなく歌われ、その酒の香りは遠くまで漂う。

楼閣を連ねる「風雨橋」
三江県には110カ所にも及ぶ屋根付き橋があり、「風雨橋」と呼ばれている。
文字通り、風雨を避けて行き来できることからその名が付けられた。風雨橋はトン族の建築の集大成ともいえ、 橋と廊下とあずまやが一体になった独特の形を見せている。
風雨橋は村の周囲や、村を横切る川に架けられ、交通の便を供するとともに宗教的意味を併せ持つ。 風雨橋は飛竜が村を取り巻いて庇護していることを表し、天候が順調で、五穀豊穣や吉祥平安を祈願するものである。
トン族の風雨橋には伝説が残っている。昔、ブカという男がいて美しい妻ペイグアンをめとった。二人は愛し合い片時も離れることがなかった。 ある日、農作業に出かけるため二人が橋の中ほどにさしかかったとき、突風が吹いてペイグアンは川に落ちてしまった。 ブカは村の仲間と共に長い時間妻を探したが、ついに見つけることができなかった。その川の深みには一匹のカニの精が住んでおり、 ペイグアンを川底の岩穴に押し込めていたのである。
カニの精は精悍な若者に姿を変え、ペイグアンを妻にしようとした。しかし、ペイグアンは従わず、 やがて彼女の泣き叫ぶ声は上流に住む小竜の耳に届いた。小竜がペイグアンのいる川底に向かうと間もなく、 水の中から黒煙が天に立ち昇り黒雲となった。その黒雲はあのカニの精であった。小竜とカニの精は何度も戦い、 とうとうカニの精が敗れてペイグアンは救われた。
この話は瞬く間にトン族の里に広まった。彼らは、小竜に感謝を捧げるために、小さな木橋を屋根付きの大きな木橋に建て替え、
橋の4つの柱に小竜の模様を彫り込んで、いつも小竜と共にあるように祈った。
最も有名な風雨橋は、三江県程陽郷にある「永済橋」である。橋の高さは10メートルで、 川の中には5つの石台があり、石台の上に4階建ての塔を持つ橋亭が造られている。石台と石台の間には、 木造の吹き抜けの長い廊下がある。廊下は長さ6メートル、幅2メートルで、両側には屋台が連なっていて、 もともとは雑貨や食品などを売っていたが、現在では観光客へのおみやげ品が売られている。
永済橋を見るのは、早朝か夜が良い。橋に朝日が当たる早朝は格別に美しく、夜は明るい月に照らし出され金や銀のように輝き幻想的だ。
また、季節ごとの風景も素晴らしい。春には咲き乱れる花のなかをツバメが飛び、牛を引く男が棚田で耕作をする。 夏には子どもたちが水遊びをし、橋の上で針仕事をする女たちが、時折手を止めわが子を見やる。秋には稲穂が垂れ、山が鮮やかに紅葉する。 冬に雪が積もると、橋は飛び立つ寸前の銀の竜に見える。
永済橋を下りて、小高い丘の上から橋を見ると、鳥が羽を広げているような反り上がった軒だけが見え壮観である。



