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健康と長寿を願う 「重陽節」

2008.10.20

陽が二つ重なる祝日

 重陽節を祝う習慣がいつごろ生まれたのかははっきりしないが、重陽節に関する記載は三国時代(220〜280年)に現れる。曹丕による 『九日と鍾徭書』に、「歳往き月来たりて、忽ちまた九月九日。九は陽数たり、而も日月並び応ず、俗に其の名を嘉し、以て長久に宜しとなし、 故を以て享宴高会す」(年月の過ぎるのは早いもので、また九月九日が来た。九は陰陽の陽にあたり、月と日が共に九となる。 人々はそれをめでたく思い、長寿永久を願い盛大な宴会を催す)と書かれている。 

 重陽節には、家族や友人とピクニックに出かけたり、高所に上がって眺めを楽しんだり、菊を観賞したり、呉茱萸(ミカン科の植物) を髪に挿したり、「重陽ヨウ」(キクやナツメを入れた蒸し菓子)を食べたり、菊酒を飲んだりする習慣がある。 これは次のような伝説に基づいているといわれる。

 後漢時代、汝河に疫神が住んでおり、疫神が出てくると、どの家にも病人が出て、多くの人が死んだ。 村に住む若者桓景の父母も疫病で亡くなり、桓景自身も危うく命を落とすところであった。幸い回復した桓景は、 人々のために疫神を追い払う決心をした。彼は師を捜し求めて各地を歩き、ついに東方の山で神通力をもつ仙人に出会い、弟子入りを願った。 仙人は桓景が危険や困難を省みず、遠くから訪ねて来たことに感動し、宝剣を贈り、その使い方を教えた。桓景は懸命に修業し、 非凡な武芸を身に付けた。

 ある日、仙人は桓景を呼び、「九月九日が近い、疫神はまた出てきて悪事を働くだろう。お前の術はすでに一人前だ。 故郷に帰って人々のために戦いなさい」と言い、一包みの呉茱萸の葉と菊酒を与え、魔除けの秘法を伝授し、故郷に帰らせた。

 九月九日の朝、故郷に帰り着いた桓景は、師の教えどおりに人々を付近の山の上に導き、各人に一枚の呉茱萸の葉と一杯の菊酒を配り、 魔除けの準備をした。

 昼近く、奇声と共に疫神が汝河から出てきたが、山の下まで来ると、呉茱萸と菊酒の匂いを嗅ぎつけて突然立ち止まり、顔色を変えた。 すかさず桓景は魔除けの宝剣を手に山から駆け下り、疫神と戦い、ついには疫神を剣で倒した。

 それ以降、人々は九月九日に高所に登って災いを避け、呉茱萸を髪に挿し、 菊酒を飲む風習が今に至るまで踏襲され重陽節の祝いとなったという。

 また、中原の人々の伝統的な観念のなかで、九九は「久久(長いという意味)」と同音であること、 さらに九は数字の中で最大の数なので生命が長い、即ち健康長寿の意味も含まれている。

 1989年、中国では重陽節を「老年節(敬老の日)」と定めた。老年節となっても昔ながらの重陽節の風習は今も変わりなく継承されている。

 

 重陽節の風習

高所に登る> 一般的には、この日、 各地の老人たちはグループになって山に登り、遠くの景色を眺めて自然に回帰する。体を鍛えることにもなり、 人とのコミュニケーションも楽しめる。高所に登ることから「登高節」ともいわれる。

 菊の花観賞 「金色の秋」の季節は菊が満開だ。菊を観賞し、菊酒を飲む習慣の起源は東晋の大詩人陶淵明に由来する。陶淵明は詩歌を詠み、 酒と菊の花を好むことで知られている。後代の文人たちは彼に倣い、菊の花を観賞し宴会を開き、陶淵明にあやかろうとした。 民間では旧暦九月を「菊月」といい、菊の観賞は重陽節の重要な行事となった。清代以降、菊の観賞は特に盛んになった。

 呉茱萸を挿す>唐代に古人は災いを避けるために、 重陽節の日に呉茱萸を腕に付けたり、袋に入れたり、髪に挿したりした。菊の花を髪に挿すことも行われた。宋代になると、 人々は絹で呉茱萸や菊をつくり、互いに贈りあって身に着けた。北京では「災いを避け、吉祥を招く」 ために菊の葉と茎を玄関や窓の上に貼り付けた。

 重陽ヨウ>を食べる 史料の記載によると、 重陽ヨウは花ヨウ、菊ヨウ、五色ヨウともいう。九月九日の明け方、重陽ヨウを子どもの額につけて祝福し、子どもの無事な成長を祈った。

 重陽ヨウには決まった形はなく、各地で重陽節に食べる柔らかい蒸し菓子のことを重陽ヨウという。 

 また、九重の宝塔のように立派に作られた重陽ヨウの上に、二頭の子羊を飾ることもある。 これは陽と羊が同じ音であることから陽を重ねることを意味させた。

 以上が一般的な重陽節の習慣だが、各地方で独特な祝い方がある。例えば陝西省では、この時期は収穫の季節にあたるため、 人々は昼間は収穫をし、夜に重陽節を楽しむ。夕食を済ませた人々は三々五々家を出て、付近の山に登り、月を愛で、たき火を点し、 明け方帰宅する。山で野菊を摘み、家で娘の髪に挿して邪気を払う。

 重陽節の登山を利用し祖先の墓参りをする地方もある。福建省では、清明節より重陽節に祖先の墓参りをする人が多いため、三月を「小清明」、 九月を「大清明」ともいう(清明節は墓参りの日)。

 また、福建省の沿岸部では、九月九日は媽祖(航海や漁業を司る民間で信仰されている女神)の昇天の日であるため、 多くの村人は泉州の媽祖廟や天后宮に参拝し、加護を祈る。