大連でゼロからスタート
日本で5年間の経験を積み、崔社長が建築図面の制作会社を設立したのは1995年。 「中国へ戻り、仕事もお金もないゼロからのスタートでした」
大連理工大学で構造学を学び、国営の建築事務所で働いていた崔永哲氏が来日のチャンスをつかんだのは、 幸運もあるが彼の熱意によるところが大きい。
「私には高い精度と耐震性を誇る日本の建築を学びたいという強い思いがありました。そのような折、 旅行で来ていた日本の建築学科の学生と知り合い、岐阜の建築事務所を紹介してもらったのです。その会社に手紙を送ると、 すぐ建築事務所を視察したいという連絡が入り、社長が直接訪ねてきたのです」
ここで彼を含む3人がその会社で研修を受けることが即、 決まったのである。1年の派遣期間が過ぎたとき、 まだまだ勉強を続けたく、彼は中国側に残留を申し出た。
「残留は認められませんでした。どうしても日本で勉強を続けたかった私は、中国の会社を離れる決断をしたのです」
人材を育成し、さらなる躍進へ
日本の建築事務所で経験を積んだ崔永哲氏は5年目に帰国を決意。
「日本の企業で日本人と競うより、中国で自分の能力を最大限に生かそうと考えたのです」
大連で会社を立ち上げた彼は、人材を育て会社の基盤を整えることに専念し、やがて日本企業へアプローチを始めた。
「日本では図面作成の人材が不足していることを知っていたので、さっそく営業を開始しました。すぐに、 ある会社の部長が視察に訪れ、 仕事を発注してくれました」
ゼロからスタートした大連永星電脳設計有限公司は、現在160名のスタッフを抱え、 月間約3000枚の図面を作成する。
崔社長の経営理念は「お客さまの利益を最優先する」ことと「人材を育成し信頼される生産体制を作る」 ことの2つだ。
「この2つを守れば会社は必ず成功すると私は考えています。 社員を採用する際もやる気を重視し、入社後はみっちり教育します。毎年日本に研修に行かせ技術の向上を図り、 日本文化の勉強もさせています」
会社を訪れる日本のクライアントが言葉で苦労することはまったくない。仕事のやり取りもすべて日本語である。さらに、 崔社長は社員のコミュニケーション力の向上にも力を入れている。
「コミュニケーション力は、人が持つ潜在的な能力を大きく引き出します。技術者であっても相手に表現する能力は不可欠です」
こうして育てた人材が満足度の高い仕事をこなし、データの厳重な管理体制などで築き上げた顧客との信頼関係が、 かけがえのない財産だと崔社長はいう。
「お客さまへのサポートをさらに充実させるため、東京にエイセイコーポレーションを設立しました。 今まで以上に幅広いサービスの提供に努めていきたいと思っています」
常に信念を貫いて道を切り開いてきた崔社長の次のチャレンジに興味は尽きない。



