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古城に栄華をしのぶ雲南の古都 「大理」

2007.12.20

繁栄を誇った古都大理

 雲南省西部に位置する大理は、ペー(白)族自治州の州都である。かつて、南方シルクロードや茶馬古道 (雲南からチベットを結び茶と馬を取引するための古代通商路)の要衝でもあったこの地には、8世紀半ばにチベット、 ビルマ語族の南詔国が興った。南詔国には必ずしも唐の影響が浸透していたわけではなく、 周辺地域に勢力を拡大していく中では唐と対立することもあった。 839年に最後の遣唐使となった藤原常嗣が他国の使節団とともに唐の文宗皇帝に謁見したとき、席次は日本が第2位で、 南詔国が第1位であったほどで、唐が南詔国の懐柔に配慮していたことがうかがえる。

 南詔国が滅亡するとタイ系のペー(白)族によって大理国が樹立された。大理国も雲南西部最大の都市として繁栄したが、 1254年に元のフビライ汗に攻められ滅亡した。ちなみに、元はその20年後の1274年と81年の2回、 日本へも攻めてきている。

 雲南地方には、稲作など日本文化のルーツが少なからず残されているという研究者もいる。

 

伝説に彩られた白族の町 

 気候が穏やかで悠久の歴史と文化が残る大理は、中国の人々にとって、ロマンチックであこがれの楽園というイメージがあり、 「人生で一度は訪れねばならない場所」といわれる。

 自然の素晴らしさは「風花雪月」で言い表せ、「下関の風、上関の花、蒼山の雪、アル海の月」とうたわれている。

<下関の風>

 かつて大理には上関と下関という2つの関所の町があった。伝説によれば、 観音菩薩が老婆に扮し風の入った瓶を背負って下関の石橋を渡ったところ、橋を守る兵士が老婆の瓶を開けて風を出してしまい、 それからというもの昼夜を問わず強風が吹き荒れるようになったという。しかし、「下関の風」は強いが寒くはなく砂もほこりもないので、 人々の農作業や生活の障害になることはない。

<上関の花>

 これは「十里にわたって香る樹」が上関にあったという伝説による。今でも大理の人々には花を育てて愛でる習慣があり、服や帽子、 前掛けなどにさまざまな花模様を刺繍している。住居も草花文様で飾られ、壁や窓などにも花の彫刻を施している。大理の花としては、 モクセイやツツジ、ラン、ヤマツバキ、サクラソウなどが名高い。

<蒼山の雪>

 蒼山には四季を通じて万年雪が積もる。伝説によれば、昔、疫病神が大理に来て疫病が流行したとき、ある兄妹が観音菩薩を訪ね、 疫病神退治の法術を学び、疫病神を蒼山の頂きに追い詰めて凍死させた。その後も兄妹は蒼山の頂きで雪神に化し、 疫病神を永遠に鎮めているという。

 雪といえば、彼らは先祖代々白色を美としていて、一族の名前もペー(白)族であり、住居も白い壁である。民族衣装も白を基調とし、 花の刺繍をあしらっている。

<アル海の月>

 昔、アル海のほとりに降りてきた仙女が若い漁民と結婚し、暗い夜に漁をする夫の苦労を見て、 天上から持ってきた鏡を海に沈めて魚群を照らしたという伝説がある。夜空に輝く月とアル海の湖面に映る2つの月には、 伝説をしのばせる美しさがある。