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一途な愛を伝える 七夕伝説

2007.10.20

 昔々、現在の河南省南陽市の西牛家荘に、両親を早くに亡くした牛飼いの若者が、 兄夫婦と一緒に暮らしていたが常日ごろから兄嫁にいじめられていた。ある年の秋、兄嫁は若者に9頭の牛を与え、牛が10頭になるまで家に戻ってくるなという難問を出して家から追い出した。 若者は草木がうっそうと茂る山で牛を放牧しながら、いつになったら牛が増えて家に帰れるかと嘆いていた。するとその時、 一人の老人が目の前に現れ、若者の境遇を聞いたその老人は「伏牛山に病気の老牛がいる。その老牛の病気を治して、 家に連れて帰るといい」と励ました。

 若者は山を越え長い道を辿り、 ついに病気の老牛を見つけ、餌を与え、心を込めて看病した。腹いっぱい食べて、体力を回復した老牛は、若者に向かって 「実は自分は天上に住む灰牛仙人だが、規律違反をしたために人間界に追放され、足にけがをして動けなくなったのだ。 このけがを治すには、100種の花の露で1カ月間洗い続けなくてはならない」と言う。 心優しい若者は親身になって老牛の面倒をみた。昼は花の露を採って老牛のけがを洗い、夜は老牛に付き添って寝た。1カ月後、 けがが治った老牛を加え、10頭の牛を連れて若者は家に帰った。
 
しかし、 兄嫁は正直で聡明な若者を憎み、むごい仕打ちを続けたが、いつも老牛が彼を救った。ついに逆上した兄嫁に追い出された若者は、 老牛を連れて家を離れた。
 
ある日、 天上の織女たちが人間界に遊びに降りてきた。若者は老牛に一人の織女を紹介され、まもなく二人は愛し合い、 織女は密かに人間界に降りて若者の妻となった。若者は田畑を耕し、織女は機織りをして家計を助け、一男一女をもうけて幸せに暮らした。 織女は天上から持ってきた蚕を村民たちに分け与え、養蚕、糸繰り、機織りを教えた。
 このことはすぐに天の玉皇大帝の知るところとなり、 織女はただちに天上に連れ戻され、愛し合う夫婦は引き裂かれてしまった。悲嘆に暮れる若者に老牛は「自分が死んだら自分の皮で靴を作り、 その靴を履いて天上に昇り織女を探しなさい」と言い残して死んだ。若者は老牛の言いつけどおり靴を作り、その靴を履いて天上に昇り、 織女を探した。しかし、あと少しで会えるというとき、王母娘娘(玉皇大帝の母)が頭に挿している金の簪[かんざし]を取り、それを振った。 すると、天の川が目の前に現れ、若者の行く手を塞いだ。川に隔てられ泣く二人の一途な愛情に心を動かされたカササギが、 天の川に身を挺して橋を架け、二人がその橋の上で会えるようにした。帝の母もカササギを叱ることができず、 一年に一度7月7日に二人が橋の上で会うことを許したという。
 
この美しい伝説は漢代 (前206~220)に七夕祭へと変化した。伝説によれば、7月7日の夜、織女に手芸の上達を願い、良縁を祈願したという。 その日は「乞巧節」と呼ばれるようになった。
 
宋・ 元代にはこの祭りはさらに盛んになり、都には乞巧専門の市場が設けられ、そのにぎやかさは春節にも劣らないほどだったという。