二千年の歴史を持つ祭日
湖南省の岳陽市では、毎年「中国岳陽汨羅江竜船祭」を盛大に開催する。
今年は6月19日に、
汨羅江の川辺で文芸公演や屈原の祭祀、竜船競漕、ちまきを食べるなどのイベントが行われた。
この端午節は二千年もの歴史を持ち、 その紀元は上古時代にまで遡る。
大昔、5月になると川や湖の水位が上昇し、岸に住む人たちの生活が脅かされた。人々はこの自然現象を川にいる竜神の祟りと考え、 毎年5月に盛大な竜のトーテム祭(竜を祖先として祀る祭)を催した。古書の記述によると、新石器時代、 南方の竜を先祖とする5つの民族の部落が部落連盟を結成し、5月5日を「竜の祭日」と決めたという。これが端午節の始まりである。
戦国時代(紀元前475?221年)になると、この端午節に新しい内容が加わった。楚の国の偉大な思想家であり詩人でもあった屈原が、 祖国の滅亡を知り、悲しみの中で汨羅江に身を投げたのが、5月5日であったため、端午節は、人々が敬愛する詩人・屈原を祭る日となり、 詩人節とも呼ばれた。そして中国の四大伝統祭日の一つになったのである。
地域に伝わる伝統の習慣
屈原が汨羅江に身を投じた後、楚国の人々は川辺の屈原の旧居を祠に建て替え、屈子祠と名づけた。
木が生い茂る小さな丘は、屈原が無実の罪で追放された場所であり、屈原の第2の故郷でもある。毎年端午節には、
この場所で屈原を祭る儀式が盛大に行われている。
広大な中国では、地域によって多くの伝説や物語が加わり、その習慣もさまざまだ。屈原の出生地、湖北省帰県では、戸板に魔除けの神「鐘馗」 像を貼り、窓には厄払いのヨモギを掛け、子どもの額に雄黄酒を塗る。湖南省の汨羅江周辺では、端午節の当日、 日の出前に汨羅江の水を持ち帰り、その水で顔を洗って髪を梳き、病を洗い流す。それはこの川の水が、屈原が身を投じたことで「竜水」になり、 家の平安や息災の効果があると考えられているからだ。また、竜船競漕は竜を飾った丸木船を漕ぎ竜神を楽しませて、 その年の五穀豊穣を祈願したことを起源とするレース。この竜船競漕は、世界各国に伝わり、今では国際的な競技となっている。
人々は、地域に伝わる伝統の習慣を今に伝えてきた。中でも、竜船競漕とちまきを食べる習慣は、現在も中国全土で広く親しまれている。



