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孟母を偲び伝統文化を継承 「中華母親節」

2007.07.20

「母の日」は米国から始まり、世界のほかの国々も5月の第2日曜日を「母の日」に設定した。そして中国でも同様に、5月の第2日曜日を 「母親節(ムーチンジエ)」として祝ってきた。

 しかしここ数年、歴史ある中華文化の「中華母親節」を復活させることは、 若い人たちに伝統的な中国の美徳の伝承や社会を愛する心や道徳心を育てる上でもプラスになるという考えから、 中国の多くの学者や社会団体は民族伝統の文化を反映した中国独自の「母親節」を祝おうと呼びかけてきた。

 その活動が広がり、2006年末に李漢秋会長のもと「中華母親節促進会」が設立された。

 そして孟子の誕生日である旧暦の4月2日を「中華母親節」にすることが決定された。その理由は『孟母三遷』と『孟母断機』 の物語に由来する。

 中国古代の思想家、儒教の代表者である孟子は、現在の山東省鄒城市に生まれた。3歳の時に父を失い、母の手で育てられた。

 母は、よりよい学習環境を求めて3度引越しをした。最後に移った所は「学宮」という国の教育機関に近く、いつも書物を読む声が響いており、 幼い孟子は自然に難しい書物を暗唱したという。

 成長と共に遊びに夢中になる孟子の様子を見かねた母は、ある日、機織途中の麻布を切り、 ばらばらになり使いものにならなくなった麻布を孟子に見せて、勉強は中途半端でやめてはいけないことを戒めた。 こうした幼い頃の母親の教育の影響で、孟子は後に儒教研究に取り組み、偉大な思想家、教育家となった。そして孟子の母親は賢母の手本となり、 この物語は今に至るまで伝えられている。

 中国では、誕生日は、母親が苦痛に耐えて生んでくれた恩を忘れずに感謝する日である。

このことから「中華母親節」は、孟子の誕生日である旧暦の4月2日とされた。

 

初めての「中華母親節」

孟子の故郷である山東省鄒城市で、2007年初めて「中華母親節」の祝賀行事が行われた。この祝賀の趣旨は、 社会全体が母親を尊敬し孝行する気風を提唱することにある。今回は「現代孟母賞」に10人の母親が選ばれ表彰された。

 中国の「母親節」の日には、子どもたちは母親の家を訪ね、カーネーションの花束やプレゼントを贈る。また、旅行に連れて行ったり、 夕食を一緒に食べたりして母親と一日を過ごす人もいる。遠く離れている者は、電話や手紙などで母親への感謝の気持ちを表す。